失語症学の発展に向けて

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会話における4つの公理

言語学者のポール・グライスが協調の原理として4つの公理を示しています。

1.量の公理:必要な量の情報を提供し、情報を過不足なく与えること

2.質の公理:真実と思っていることを言うこと

3.関係性の公理:関連性のあることを言うこと

4.容態の公理:不明瞭で曖昧な表現は使わず、簡潔に順序立てて言うこと

 

もしも、上記の4つの公理に違反している場合は、文字通りの意味とは別のところに意味が生じていると解釈できます。

例えば、関係の公理を違反している例として以下のような会話があります。

 

A:今日ご飯食べに行かない?

B: 今日中に終わらせないといけない仕事があって・・・

 

関係の公理通りに答えるならば「行かない」と伝えればいいですが、そう言わずに直接の答えではない仕事の話をしてます。相手が関係性の公理に違反していると気づくと文字通りの意味ではなく、その言葉の裏に隠れている暗示的意味を察知することができます。しかし、そこで問題になってくるのが、協調の原理に違反していることがわかっても、その裏の意味をどのように知るのかということです。そこに言及しているのがウィルソン&スペルベルの関連性理論というものなのですが、その理論については後日詳しく書きたいと思います。

 

暗示的意味の理解が困難な例として右半球損傷によるコミュニケーション障害があります。一般的にコミュニケーション障害は言語野のある左半球で生じますが、右半球損傷でも左半球損傷とは異なるコミュニケーション障害を引き起こします。1つ1つの単語は理解できても、それらの関連性が理解できないという特徴です。先ほどのAとBの会話でいうと、Aがご飯に誘っていること、Bが仕事があるということは理解できます。しかし、その裏にある「食べに行けない」という暗示的意味まで理解することが困難なのです。検査上では一見正常に見えても、会話場面で時々辻褄が合わないということが生じます。

現在の失語症評価は明示的意味の理解の評価が中心なので、右半球損傷のような暗示的意味を理解できない障害を見落としてしまう可能性があります。会話の仕組みを深く理解することは表に現れづらい障害を評価・治療していくための手がかりになると思います。