失語症学の発展に向けて

言語聴覚士に役立つ書籍や考え方を紹介していきます

手の行為と言語行為

言葉を発することができない人は手話を用いてコニュミケーションを取ることができる。しかし、手話失語というものがあり、失語症になると手話にも障害が生じコミュニケーションが取れなくなる。手の行為と言語行為は共通点が多いように思う。

ある学会で印象に残っている言葉がある。

 

一方の手と他方の手

一方の手が機能するために他方の手が行為を行う

一方の手が行為を行うその間に他方の手も行為を行う

片手だとできないものも両手で行うとできることもある

左手が空間を作り境界を定めてくれる

そうすることでより身近な空間になる

 

例えば、文字を書くとき、左手で紙を抑えることで紙が安定する。それは、これから行う書くという行為を安定して行える領域を作り出すことで、右手の行為(書く)がスムーズにいく。行為を行っているのは右手でありどうしても右手の行為に注目しがちだが、その右手の行為をスムーズに行うためには左手による空間作りが必要なのである。

言葉も同じことが言えるのではないかと思う。左脳に言語野が存在しているため、左脳の動きだけに注目しがちだが、その言語を操るためには右脳の空間把握が必要である。以前ブログでも書いたように言語は空間の一部である。言語を適切に扱うためには自分の扱える言語空間を定めて安定させなければならない。

 

言語聴覚士 スキルアップ資格6選

言語聴覚士(以下ST)は、国家試験に合格し免許を取得することで従事できます。そして、一度取得すればその後更新の必要はありません。つまり、国家試験にさえ合格してしまえば、仕事をするのにスキルアップは不要です。スキルをいくら上げても、それによる給料アップはほとんど見込めないでしょう。コスパを考えれば、免許取得後にスキルアップをしようとするのは良策ではありません。

その上で、私が今まで取得してきたSTスキルアップ資格をあえて紹介していきます。今回は簡単な紹介になりますが、今後、取得した経験を含めて詳細をお伝えできればと思っています。

 

①認定言語聴覚士(摂食嚥下障害、失語・高次脳機能障害、言語発達障害、聴覚障害、成人発声発語障害)

日本言語聴覚士協会が主催しているものです。STのスキルアップ資格として最も評価されるものです。2021年3月現在の認定言語聴覚士修了者数がST協会から発表されていたので紹介します。

摂食嚥下障害領域・・・394名

失語・高次脳機能障害領域・・・275名

言語発達障害領域・・・47名

聴覚障害領域・・・48名

成人発声発語障害領域・・・42名

STの有資格者は34000名でそのうち認定STは806名なので、全体の約2.4%になります。

協会によると今後、認定STの上位資格の設置も検討しているとのことです。

 

②日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士

日本摂食嚥下リハビリテーション学会が主催している資格です。摂食嚥下に関わる臨床や研究をされている方なら受験できるため、歯科医師、歯科衛生士、栄養士の方などST以外も取得されている方が多くいます。嚥下訓練機器の営業をされていた方でこの資格を持っていた人もいました。

先ほど紹介した認定STの摂食嚥下領域を取得された方なら、試験を受けなくても申請するだけで取得可能です。私は、失語・高次脳領域の認定STだったので、試験を受けて合格しました。

2021年3月現在、3349名の有資格者がいます。

 

③ディサースリア認定セラピスト

日本ディサースリア臨床研究会が主催している資格です。最近できたものなので、STの中でも知らない方が多いのではないかと思います。

これは、ディサースリアの評価手技と治療手技について一定水準に達したことを保証するもので、講習会に参加することで取得できます。2021年3月現在で92名です。

養成校でも習うディサースリア検査をより細かく知ることができ、西尾正輝先生が考案された発話と嚥下の運動機能向上プログラム(MTPSSE)を実技を交えて学ぶことができます。

 

④LSVT−LOUD認定資格

LSVTとは、リー・シルバーマン法というアメリカのRamigらが考案した主にパーキンソン病に対するリハビリ手法の一つです。LSVTには、LOUDとBIGの2種類あり、LOUDは発声発語明瞭度改善目的の訓練法で言語聴覚士が行うもので、BIGは身体運動に対する訓練法で理学療法士、作業療法士が行います。

LSVT−LOUDは言語療法の中でもエビデンスレベルが最も高いものです。そしてLSVTとして治療するためには講習会に参加し資格を取得した者に限られ、方法も厳格に決められています。世界各地で講習会が行われており、日本では7回程度講習会が開催されています(2021年3月現在)。

 

ここからは資格ではありませんが、講習会に参加することで修了証をもらえるものを紹介していきます。

 

⑤STのためのインフォメーション講習会(ボバース)

日本ボバース研究会が行っている講習会です。4日間講習会に参加することで修了証をもらえます。

ボバースは理学療法、作業療法の分野では有名ですが、ST分野ではほとんど知られていません。講習会は実技中心で行うため、臨床で役立つ内容を教えて頂けますが、教わる内容も多く覚えるのが大変です。STがボバースを学べる場所は限られていますが、京都にあるKNERC(ネルク)では、ST限定のボバース講習会も行っているのでそれに参加するのもいいと思います。こちらは身体機能面のアプローチが主なので嚥下発声などのST領域については深くは学べませんが、ボバースの基礎を学ぶには最適だと思います。少人数で実技多めです。

 

⑥認知神経リハビリテーション学会ベーシックコース、アドバンスコース

先ほど紹介したボバースと同じく理学療法、作業療法分野では有名ですが、STで知っている人は少数派です。以前ブログでも失語症治療の一つとして紹介しました。

コースがベーシック、アドバンス、マスターの3つに分かれており、各コース受講すると修了証を頂けます。マスターコースまでいくと認知神経リハビリテーション士と名乗れるようですが、私はアドバンスコースまでしか参加したことはありません。マスターコースは認知神経リハビリテーションの発祥の地であるイタリアまで研修に行かなければならず少しハードル高めです。STでマスターコースに参加したことがあるのは、学会関係者から聞いた話によると10名いないと思います。

ベーシックコースでは、ST限定の講習会が年一回程度開催されていますが、アドバンスコースは理学、作業療法中心の話になります。一見STには必要ないように感じますが、認知神経リハビリテーションの基礎の部分を知るためには参加する価値はあると思います。

 

以上6つ紹介していきました。他にも私は持っていませんが、臨床神経心理士という資格が新設されています。スキルアップはコスパが悪いと最初に書きましたが、これは現時点での見解です。今後、医療保険・介護保険制度の改定により、言語聴覚士の資格を持っているだけでは不利になる状況が来るかもしれません。それに備えるためにも今のうちからコツコツ学んでいく必要があると思っています。

 

 

知覚と運動の新しい考え方 自由エネルギー理論

自由エネルギー理論は、Karl Friston氏が2005年から2010年の間に脳の情報処理の統一理論として構築したものです。

まず、自由エネルギーとは、あるシステムの内部エネルギーから熱になって出ていくエネルギーを引き、実質仕事として取り出せるエネルギー(自由に仕事に変わりうるエネルギー)のことです。

そして、自由エネルギー理論は自由エネルギーを最小化しなければならないというものであり、具体的には予測誤差を最小化することです。

自由エネルギー原理の観点でみると、知覚は「感覚信号の予測誤差を最小化するように予測信号を修正すること」で、感覚信号が生じた原因を推論することです。

車の運転を例に考えてみると、初心者の運転手は、余計なところに力が入ってしまいすぐ疲れてしまいます。一方で、ベテランの運転手は、余分な力を入れず最小限の力で運転できるため疲れづらい。この2人の違いは、予測誤差をどれだけ小さくできたかによります。

こうすればこうなると予測できていれば試行錯誤なく動かすことができます。一方、予測できなければ、一つずつ試していってどうすればいいのかいちいち確認しないといけなくなります。脳の容量は限られているため、一つ一つを試行錯誤しながら行うことは不可能です。効率的に物事を行うためには、できる限り現実に近い予測を立てて、試行錯誤する回数を減らす必要があります。

自由エネルギー理論の観点で考えると運動の捉え方も変わってきます。

運動野から出る指令は、運動を指令する信号ではなく、「感覚の予測信号を出すもの」です。運動野が感覚の予測信号を出すと、現在の自己受容信号と目標となる自己受容予測信号との差(予測誤差)がなくなるまで運動を行う。これが運動の正体です。

今まで知覚と運動は別のものとして捉えてきましたが、脳内では知覚と運動は区別はないといえます。

私は、自由エネルギー原理の考え方が今後の失語症治療において重要になってくると考えています。私もまだまだ勉強中ですが、今後も自由エネルギー原理と失語症の関係について考察していきたいと思っています。

 

 

言語は空間の一部である 

エドワード・ホール著の「かくれた次元」に興味深いことが書かれていたので紹介したいと思う。

虹の色が文化によって違うことは知っている人も多いだろう。日本だと7色、アメリカは6色、南アジアのバイガ族は赤と黒の2色で認識するらしい。

「雪」という言葉も、英語とエスキモー語では語彙数が異なり、文化と言語は親密な関係がある。

言語学者のワーフは以下の言葉を残している。

「いかなる人も自然を完全に無色透明に叙述することはできない。自分がきわめて自由だと思っている時でさえ、ある型の解釈を押し付けられているのである」

ワーフは、北アマゾンの砂漠地卓に住むインディアンの言語であるホピ語研究を長年にわたって行った。ホピ語の時間・空間概念を理解し始めたとき、あることに気づいた。それは、ホピ族には「time」に当たる言葉がなかったのである。時間と空間が一体となっており、時間の次元を消去すると空間の次元も変化する。ワーフはいう「ホピ族の思考世界は想像的空間を持たない。現実の空間を現実の空間以外のところに位置づけることができないし、思考の構造物から空間だけを取り出すこともできない」すなわち、天国や地獄などの非現実的な想像(抽象的想像)をすることができないのである。

 

このように、空間と言語は一見異なる要素のように思えるがきわめて親密な関係であることがわかる。

右脳が障害されると半側空間無視、左脳が障害すると失語症が現れるが、言語を空間の一部と捉えれば、失語症は言語という次元の空間障害と言い換えられるかもしれない。

全体構造法の身体リズム運動を失語症者にしてもらうと、失行検査で問題なくても見本通り運動することができない場合が多い。そのような現象は、言語という空間が障害されているからかもしれない。

 

 

かくれた次元

かくれた次元

 

 

マニュアル通りやれば失語は治るのか?

失語症は高次脳機能障害の1つである。基本的なことだが、そのことを疎かにしてしまっていることが多い気がする。

 

言葉が出てこないから呼称訓練をして、書字できないから書字訓練を行う。検査でできなかった項目をそのままリハビリに取り入れるのは、マニュアル的であり、それだけでいいのなら、

看護師が失語検査の研修を受けて検査できるようになればそれで問題なく、言語聴覚士なんて必要ない。(嚥下障害も嚥下専門の認定看護師がいるし、失語以外の高次脳は作業療法士がカバー可能である)

正確に検査をすることは大切なことであるが、点数だけではわからないその奥の根本的な原因について考えられてこそ失語症の専門家としての意義があると思う。

 

そのベースとして、高次脳機能障害でよく使われる神経心理学ピラミッドが役に立つ。

これは、ベースに覚醒があり、発動性・抑制、注意、情報処理、記憶、遂行機能、自己認識の順に構成されているものである。

 

言葉が出てこない・うまく言えないという症状を例にすると、

覚醒低下・・・覚醒低い状態ではそもそも言葉が喋れない

発動性低下・・・しゃべるという意欲がなく言語機能が保たれていても言葉を発しない

抑制低下・・・思いついたことをそのまま話してしまう、関連した言葉が思い浮かんでしまう

注意低下・・・自身の構音(口唇・口腔内の動き)に注意が向かず誤った発音になる

情報処理低下・・・ことばを思い出すまでに時間がかかる

記憶低下・・・言葉自体を忘れている

遂行機能低下・・・単語は表出できるが、文になると文構成が困難になる

自己認識低下・・・自分の症状を客観的に捉えられず、誤った発話に対しての修正が困難

 

以上、思いついたことを書いたものなので、間違っている項目があるかもしれないが、ここで伝えたいことは言葉が出てこないという症状だけでもこれだけの原因が考えられるいうことである。検査の点数だけではわからない。どういった間違いをしたのか、答えるまでにどれぐらい時間を要したか、普段の会話と検査での違いはないかなど失語症者のすべての言動を総合して根本的な原因が何なのか考察する必要がある。それには、長年の経験が必要になるだろう。

失語症の検査でSLTAというものがある。この検査には検査時間の短縮や被験者の負担軽減のため、検査困難な項目は飛ばしてもいい箇所がある。大抵のSTはマニュアル通りにそれらの項目を飛ばして行うが、私はこのやり方はあまり好きではない。

全く何も反応がないのなら飛ばしてもいいかもしれないが、できない項目でも何かしら反応していだだけることがほとんどである。どんな間違いをしたのか知ることはその後のリハビリ内容を考える上で大きな材料となる。点数だけ見ても根本的な症状は見えてこない。

 

机上の勉強、マニュアルだけではわからない、多くの症例を経験しないとわからないことがある。だからこそ、言語障害の専門家としての存在意義があると思う。

 

記憶障害に対する考え方

高次脳機能障害の一つに記憶障害がある。

今回は、高次脳機能における記憶力向上のリハビリに対してどのような考えを持つべきか述べていきたいと思う。

読者の中には、思い出せないことが思い出せた時に記憶力が鍛えられていると考える人もいるかもしれないが実は違う。思い出せたかどうかが問題ではなく、思い出そうと脳を働かせている時が一番脳が活性化しているのである。

患者さんの中には記憶課題で思い出せないからと落ち込んでしまい、リハビリに対する意欲が低下してしまうこともあるが、結果がどうであるかではなく一生懸命考えたことに価値がある。そのことをお伝えするだけでもリハビリに対する意欲が出てくるはずだ。

失語症訓練における呼称課題でも同様の考え方ができる。物の名前が正しく答えられたかどうかが重要ではなく、その名称を一生懸命考えている過程に価値がある。もし、ものの名前を正しく答えられることを目的にしてしまうと、日常で使用する言葉を一つ一つ訓練しなければならなくなる。しかし、実際の患者さんは訓練で使用していない言葉も言えるようになるし、むしろリハビリで使用した言葉ではなく普段よく使っていたであろう言葉で答えることも多い。

頭の中にデータを一つ一つ取り入れるという訓練ではなく、頭の中にすでにある情報をいかに正確に引き出すかの訓練をすべきである。

教材シリーズ3 抹消課題(無限作成バージョン)

抹消課題は、注意障害の方によく用いるリハビリです。

今回は、ひらがな、数字、アルファベット、記号の4種類用意しました。

 

抹消する数、抹消の仕方を✔︎や◯などの複数で行うなど難易度設定は工夫次第で変更可能です。

F9ボタンを押すことでランダムに配置が変わるので、無限にプリント作成可能です。

ひらがなは大小含まれているので、小さい「あ」だけ抹消するなど少し難易度上げることもできます。

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