失語症学の発展に向けて

言語聴覚士に役立つ書籍や考え方を紹介していきます

教材シリーズ1 TMT-A様課題 (無限作成バージョン)

高次脳機能障害のリハビリで大変な作業の一つが教材作成です。

特に意欲のある方はリハビリの時間以外にも宿題でプリントが欲しいと言われる方も多く、大量のプリントを用意する必要があります。

一人ひとり症状のレベルが異なるため、その人にあったオーダーメイドの教材が必要ですが、日々の業務の中では既存の教材をコピーして使ってしまうことが多いと思います。

しかも、毎日リハビリしていると同じ教材を使い回してしまいがちです。そうすると、「これ昨日もやったよ」と患者さんから指摘されて気まずい思いをしてしまいます。

同じような問題でも数字や符号だけ変更できればどれだけいいか・・・

そう思い作成したのが今回紹介する教材です。

 

第1弾は、TMT(Trail making test)様課題です。

TMTは、partA、partBに分かれています。

今回はpartAの数字のみで構成されたものです。(検査に使うものではないので注意してください)

この教材は「選択性注意」が低下している方が対象ですが、工夫次第では難易度の設定や他の障害にも活用可能です。

 

例)難易度設定

レベル1:鉛筆で印をつけながら1から順番に探索する

レベル2:指差ししながら1から順番に探索する

レベル3:1つ飛ばして指差ししながら探索(1、3、5・・・)

レベル4:一つ前の数字を足した数を言いながら探索(3を指差した時は一つ前の2を足して5と答える)

など、工夫次第で応用可能であり、レベル3、4あたりは計算の要素も入ってきて分配性注意のアプローチにもあります。

 

例)課題設定

①TMT様課題、計算問題を用意し、1分ごとに切り替えて取り組んでもらう

セラピストが合図を出す、患者自身が時計を見ながら切り替えるの違いで難易度の変更も可能

時間を1分から30秒にするとより難易度が上がる

 

②失語症で数字の音読が可能な方に、TMT様課題を用いて指差しながら1から順番に音読してもらう

通常の一列に並んだ数字を音読する時と比べて、負荷がかかり難易度が上がる。また、いつもと少し違う課題をすることでマンネリ化を防ぎ、1〜10までのタイムを測定するなど客観的なデータを提示することでモチベーション維持にもつながる

 

この様に工夫次第で様々な方に対応可能です。しかし、1枚のプリントをコピーして使い回しているとどこに何の数字があるのか覚えてしまい課題の効果が薄れてしまいます。

今回の教材は、エクセルで作成し編集可能になっています。シート2にランダムで被りがないように数字が表示されるように設定し、その情報をシート1に反映させています。それにより、キーボードのF9を押すことでランダムに数字が変更され、数字の位置が異なる課題を大量に作成することができます。

印刷をそのまましてしまうと小さくなってしまうので、拡大して印刷をしてください。

 

drive.google.com

 

 

 

ヒトとコンピュータの処理の違い

今回は、ヒトとコンピューターの処理の違いについて考えていきたいと思います。

Alの進歩は凄まじくAIと会話をしても違和感がないところまで技術が進んでいます。しかし、コンピューターの行為と人間の行為がたとえ同じであってもそこに至る過程は異なります。

コンピューターは、ボトムアップ処理で多くの情報を集めてその情報から処理します。一方ヒトは多くの情報量を処理できないので、トップダウン方式で過去の記憶を参照し、予測を立てて処理していきます。トップダウン処理のメリットは少ない情報でも処理できるため素早く反応することができますが、デメリットとして正確性に欠けます。正確性を求めようとするボトムアップ処理では時間がかかってしまいます。

例えば、定食屋に行ってメニューを見たときに書かれている文字を1字ずつ読んでいくと全て把握するまでに時間がかかってしまいます。そのため、ある文字群を認識すると過去の記憶から参照して認識します。

『日本ハグ協会』のマザーさと子さんのブログでこのような文章が紹介されています。

「この ぶんょしう は いりぎす のケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか にんんげは もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす」

一文字ずつ読もうとすると全く意味が通じない文章ですが、流し読みをするとスラスラ読めるのではないでしょうか。それが、トップダウンとボトムアップの違いです。

もちろん、ヒトがトップダウン処理ばかり使用しているのではなく、正確性が求められる場面や記憶や経験が参照できない場面では、ボトムアップ処理が使われます。例えば、就職や入学の初日がすごく疲れるという経験はあると思いますが、それは何が起こるか予測できないためトップダウン処理が使えず、ボトムアップの非効率な処理する必要があり、膨大な処理を行い脳疲労を起こしてしまうからです。

 

失語症のリハビリで考えてみると、「お・は・よ・う」と一音ずつ正確に言わそうとするとボトムアップ処理になり、本来のトップダウン処理で会話をする方法とは異なるものになってしまいます。記憶や経験を参照したり、より自然な会話場面で訓練を行うなどの工夫で今まで表出が難しかった方も言葉が出るようになるかもしれません。

 

会話における4つの公理

言語学者のポール・グライスが協調の原理として4つの公理を示しています。

1.量の公理:必要な量の情報を提供し、情報を過不足なく与えること

2.質の公理:真実と思っていることを言うこと

3.関係性の公理:関連性のあることを言うこと

4.容態の公理:不明瞭で曖昧な表現は使わず、簡潔に順序立てて言うこと

 

もしも、上記の4つの公理に違反している場合は、文字通りの意味とは別のところに意味が生じていると解釈できます。

例えば、関係の公理を違反している例として以下のような会話があります。

 

A:今日ご飯食べに行かない?

B: 今日中に終わらせないといけない仕事があって・・・

 

関係の公理通りに答えるならば「行かない」と伝えればいいですが、そう言わずに直接の答えではない仕事の話をしてます。相手が関係性の公理に違反していると気づくと文字通りの意味ではなく、その言葉の裏に隠れている暗示的意味を察知することができます。しかし、そこで問題になってくるのが、協調の原理に違反していることがわかっても、その裏の意味をどのように知るのかということです。そこに言及しているのがウィルソン&スペルベルの関連性理論というものなのですが、その理論については後日詳しく書きたいと思います。

 

暗示的意味の理解が困難な例として右半球損傷によるコミュニケーション障害があります。一般的にコミュニケーション障害は言語野のある左半球で生じますが、右半球損傷でも左半球損傷とは異なるコミュニケーション障害を引き起こします。1つ1つの単語は理解できても、それらの関連性が理解できないという特徴です。先ほどのAとBの会話でいうと、Aがご飯に誘っていること、Bが仕事があるということは理解できます。しかし、その裏にある「食べに行けない」という暗示的意味まで理解することが困難なのです。検査上では一見正常に見えても、会話場面で時々辻褄が合わないということが生じます。

現在の失語症評価は明示的意味の理解の評価が中心なので、右半球損傷のような暗示的意味を理解できない障害を見落としてしまう可能性があります。会話の仕組みを深く理解することは表に現れづらい障害を評価・治療していくための手がかりになると思います。

  

言語の専門家として

ことばの障害を専門とする言語聴覚士(以下ST)ですが、日本語の仕組みについて詳しく知っているSTは少ないと思います。

STの国家試験では、言語学の分野からも出題されるため勉強しますが、臨床現場ではほとんど使う機会はないです。しかし、相手が誤った発話をした時に原因を考察するには言語学の知識も必要になってきます。

言語学と言っても様々な分野があり、何から勉強していいかわからなくなりますが、私がお勧めしたいのは、日本語教育能力検定の参考書です。

日本語教育能力検定とは、外国人に日本語を教える日本語教師の資格です。外国人が日本語を習得するプロセスと失語症者のように母国語を再習得する過程は異なるところが多いですが、参考になる部分もあると思います。

日本語は世界の言語の中でも習得が難しいとされています。実際にこの参考書を読んで勉強してみましたが、知らないことや難解な部分がたくさんありました。

今後、その参考書の中から役立ちそうなところを紹介していければと思います。

 

舌は第三の手

先日、ディサースリアの新しい訓練法であるMTPSSEの講習会を受講してきました。今年が第1回目の講習会で、来年以降も講習会を行うようです。今回参加した第1回の講習会では考案者の西尾先生が全て講義をしていただきました。

 その中で、特に印象に残ったのが「舌は第三の手」という言葉です。発生学の視点で見ると舌以外の顔面(咀嚼筋・表情筋)は鰓弓由来ですが、舌は体節由来の構造物であり、体肢筋に近いものです。そのため、嚥下体操で行うような前後左右の一方方向の運動だけではなく、上肢と同じように多方向的なより運動が大切だと言われていました。

 

ディサースリアに限らず、舌を上肢と同様に扱う考え方は失語症の訓練においてもヒントになるのではないかと思います。例えば、

➀右利き者の失語症は大部分が左半球の損傷により生じるが、左利き者は右半球で失語症が生じる割合が右利き者よりも大きい。

②手話の理解は左脳優位という研究があり、手話失語症者の多くが左半球損傷により生じる。

③利き手矯正をすると吃音が出現しやすくなる。

など上肢と言語には密接な関係がありそうです。

 

ホムンクルス図を見てみると言葉を使用できるヒトは舌と上肢の体性感覚の割合が大きいのに対して、それ以外の動物は舌の体性感覚はほとんどありません。

 

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失語症訓練の中にも全体構造法の身体リズム運動では上肢の運動を利用しており、CIATは上肢のリハビリであるCIセラピーを応用しています。失語症治療を考えていく上で上肢との関係性を考えていくことも大切だと感じました。 

 

 

失語症のタイプ分類 〜遠心性運動失語〜

失語症のタイプ分類は、ボストン学派などの古典分類が有名です。今回は、一般的なタイプ分類ではなく、ルリヤによる分類を紹介していきます。

この分類は、全体構造法(JIST)を行う上で重要なものですが、それ以外のリハビリをしていく上でも参考になると思います。

 

今回は遠心性運動失語についてです。

古典分類でいうとブローカ失語に似ているものですが、本質的な部分が異なります。

遠心性運動失語の特徴は、ある構音素から別の構音素、または語から別の語への移行など異質な単位の移行が障害されているというものです。

 

運動性失語症者の症状として以下のものあります。

①呼称訓練の時、初頭音ヒントがあると表出しやすくなる。

②同じことばを何度も繰り返し表出してしまう。(保続)

③単調なリズム、途切れ途切れの発話、アクセントの平板化。(プロソディー障害)

④単語だけの発話、助詞の使い方を誤る。(失文法)

それらの症状を異質な単位の移行という視点で説明していきます。

 

①発声は、呼吸から音声へと声帯運動を移行させる行為です。遠心性失語では、その移行ができないためことばが出づらくなります。そのため、最初の音を提示するとそれが手助けとなり音声へスムーズに移行できます。

②保続症状は、語から語の移行が困難なため、直前に言ったことばを何度も繰り返して言ってしまいます。

③プロソディー障害は、リズムの移行ができないため一定のリズムになってしまったり、高い音から低い音のような移行できないためアクセントが平板化が起こります。

④文を表出するときは、単語から助詞という性質の異なる単位に移行しなければならず、そのため単語だけの表出になったり、助詞に誤りがみられます。

そのように考えると一見違う症状も一つの原因が影響しているということがわかります。

 

今までのリハビリでは、呼称ができなければ呼称訓練を行い、助詞の誤りがあれば助詞の穴埋め問題をするなどそれぞれの症状に合わせた訓練していました。リハビリの時間が無限にあればそのような方法でもいいかもしれませんが、リハビリ時間は有限であるため、一つ一つの症状を個別にアプローチしていくと時間が足りなくなってしまいます。

しかし、今回紹介したように根本的な原因が何なのか分かれば、その原因に対して集中してアプローチしていくことが可能です。